佐藤康行~捨てる哲学

捨てる生活、捨てる技術!すべてを手に入れるなら「すべてを捨てなさい」この、捨てる発想、つまり、「捨てる哲学」こそ、これからの時代、21世紀にもっとも必要な発想なのである。

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深く知らなければ、喜びは見えて来ない。浅い考えは捨てろ


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こんにちは、佐藤康行です。

本日は、「深く知らなければ、喜びは見えて来ない。浅い考えは捨てろ」です。

事実を見ることができないような浅い考えは捨てることである。
さらに言うなら深い考えも捨てなさい。
なぜなら深さは無限であるからだ。
自分で深く知ったなどと思うこと自体が浅さの証明である。

そうすればもっともっと深いものが生まれて来る。
そのことによって次元をアップすることができる。
現状に満足することは恐ろしいことである。
現状に安住しないためにも、今もっているものを捨てなければならない。

刑務所の中に入っていて、そこが居心地がよいと思ったら、
いつまでたっても出られない。
こんなところは嫌いだ、というようにならないと
次元のアップは決してできない。

次元をアップするというのは、
苦しさに打ち勝つ喜びを知ることによって、深さを知るのと同じである。

苦しさから逃げようという考えでは、深く捉えることはできない。
苦労することなどは何でもない。
その中に喜びを見いだせるのかどうかが鍵なのである。

また苦労をしている人でも考えが浅い人が多いのは、それはその人が苦労から
実質的には「逃げよう」としているからで、苦労が空回りしている場合が多い。
つまり苦労をするから深くなる、というのでなく、
その苦労の中にある喜びを知ることが大切なのである。

スイッチを切り替えるためにはまず浅い考えを捨てること。
そして苦労に向き合い、喜びを見いだすことを知らねばならない。
「捨てる」と「逃げる」は違うのである。
「逃げる」というのは、その状況にいたたまれず苦しいから逃げる、
と言うことである。

それは、楽なほうに行きたいという意味では同じなのである。
「逃げる」のは、“苦しい”という心の状態を変えずに、その状況とか
場所だけを変えていること。環境だけを変えようとしていることなのだ。
心まで変えていないのである。

その心が現象面に現れてくるのだから、どこへ逃げても同じなのである。
心まで捨てきるのである。
「捨てる」のは、そういった心まで全部捨ててしまうのである。
そして新しく生まれ変わる。

「捨てる哲学」は、大変に能動的で、進歩的で、自己成長型なのである。
「逃げる」というのは、全く消極的で追い詰められてしまう世界である。
だから、追い詰められる前に手を打つ必要があるのだ。




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『喜びのモチベーション』へのスイッチ


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こんにちは、佐藤康行です。

本日は、「『喜びのモチベーション』へのスイッチ」です。

『喜びのモチベーション』についてもう少し話しておく。
『喜び』といっても単に「嬉しいこと」をやるのと同一に見てはいけない。
自分の都合の良いことだけを選んで『喜んでいる』のは、良い所取り、
つまり、ご都合主義にしか過ぎない。

例えば、世間には好き嫌いの激しい人がいる。
そんな人に対して私は「嫌いな事を選んでやれるようになれば
あなたは偉くなるよ」とけしかけるようにしている。

この「嫌い」ということは過去の体験に縛られている。
つまり心が自由でなく、わがままな自分にしか過ぎない。
柔軟じゃない。そういう人が嫌いなものを一個一個克服することができれば、
モチベーションを変えることができ、安楽の道を歩いて行ける。

反対に好きな事だけをやっている、言い換えれば良い所取りだけをしていれば
大変な苦しい道を歩くことになる。
嫌いなもの、苦しい時点を克服することに喜びをもつと、
そのことによって魂は磨かれるんです。

包丁は砥石との摩擦で磨き上げられる。
それと同じでこの魂というのは摩擦によってしか磨かれることがない。
その摩擦を克服し、磨き上げる作業の裏側には、
それまでになかった新しい力が兼ね備わってくる。

ひとつ克服すれば一つの新しい力が、
そして二つ克服すれば二つの新しい力が備わってくる。
苦しまなければ力はつかない。
そして、苦しいという方を見るのでなくて、力のついているほうを見ると、
そこには喜びが沸く。

だから苦しみの裏にこそ力がつくともいえるのだ。
つまり喜びと苦しみは同時にやってくるのだ。
腕立て伏せだって、「苦しい」と言う時に、もう一回やれば一回分の、
二回やれば二回分の力がつく。そこに力がつく喜びがある。

しかし、無理やりに喜んでも仕方がない。
無理やりに思うとする事ではないのだ。
それは自分にウソをつくことになる。

しかし、克服することが喜びを生む、という事実を知れば誰でも心から喜べる。
つまり深いところで喜びの存在を知れば自然と本当に喜べる。
事実・真実を知ったら喜べるのである。
考えが浅いから喜べないだけなのである。事実は深さなのである。

例えば今、仕事を普段の三倍仕上げようと考えたとする。
それで喜べるかどうか?
ある人は頭を抱えてしまうだろうし、ある人は逃げ出そうとする。

ところが、「これをやり遂げ、克服したら、自分の実力が更に発揮でき、
将来すばらしい人間になる」ということを知ったら必死になってやるだろう。
そしてその中で喜びを見いだすことができるのだ。
問題はモチベーションの持って行き方なのだ。

深さを知るスイッチを入れるのだ。
苦しいことをやらされていると思って嫌々やっているのは、
考えが非常に浅いのである。

世間ではよく、親に叱られた、上司に叱られたと言って腹立てたり、文句を
言っている。しかし今、叱られても将来必ず役に立つ、ということを知れば、
叱ってくれていることを、ありがたいって喜べるのである。

叱られて文句を言っているというのは考えが浅いのだ。
浅い考えを捨てることである。




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『欲望のモチベーション』を捨て、『喜びのモチベーション』で生きろ


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こんにちは、佐藤康行です。

本日は、「『欲望のモチベーション』を捨て、『喜びのモチベーション』で生きろ」です。

先にも述べたように、これからはモチベーションの質を変える必要があるのだ。
モチベーションとは生きるための動機、原動力のことをいう。
人はこの動機によって行動を起すのである。
この動機は生きるうえでも重要な役割をもっている。

しかし、このモチベーションの質によって
結果が全く違ってきてしまうのである。
モチベーションには「欲望」から来るものと「喜び」から来るものがある。

「欲望のモチベーション」だけで動いたのが
バブル時代に大活躍したの人間たちである。
まさに欲望丸出しで活躍していたといえる。そしてその結果は、
倒産、家庭崩壊、一家離散という凄まじいものを生み出した。

これからは「喜びのモチベーション」の時代が来なければならない。
それは、これまでのような
「欲望のモチベーション」の時代と大きく違っている。

この「喜びのモチベーション」時代の生き方を実践している最近の事例として
あげられるのが、シドニーオリンピックで金メダルをとったマラソンの高橋
尚子選手や、大リーグ・シアトルマリナーズで活躍しているイチロー選手だ。

高橋尚子はシドニーオリンピックで42.195キロを走り抜いた後、
記者たちに「楽しい42.195キロでした」と感想を述べた。
そして、両親や監督を始め、応援してくれているみんなに
感謝しながら走ったと言う。

マラソンの42.195キロを走り切るのは苦しい。
しかも他の強力な選手と競り合って走るのだから並たいていの事ではない。
しかし、彼女はそれを喜んで、楽しく走り抜いたのである。
これは“喜びのモチベーション”のわかりやすい事例だろう。

彼女は練習が好きで好きでたまらない、
しかも金メダルだけのために走っているのではない。
走ることが楽しいから走っている。そして絶えず監督や周囲の仲間、
さらにはお世話になった人達や沿道で応援してくれた人に感謝している。
 ここが大事なのである。

「欲望のモチベーション」では「勝ちたい、金メダルがほしい」という欲望
剥き出しで試合に臨み、そのために好きでもない練習を必死になってやる。
悲壮な頑張りだが、喜んでやっている人にはかなわない。

 彼女のように目の前にあることを楽しんで、しかも好きでこなしている。
そこには喜びしかない。

 イチロー選手もそうだ。
政府が「国民栄誉賞をあげる」といったら、それを辞退した。
そして「私は打率を一分でも、一厘でも上げるのが喜びです」と語っている。

彼も練習が好きで、野球が好きで取り組んでいる。
格好や見栄、名声のために勝負しているのではない。

一瞬一瞬に全力を尽くす。
そして自らの壁を打ち破っていくことに喜びを持つ。
これがこれからの新しい人間である。
つまり喜びのモチベーション時代の人間なのである。



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夢を捨てろ!~続き


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こんにちは、佐藤康行です。

本日は、「夢を捨てろ!~続き」です。

今のあなたの夢を一回全部『捨てる』ことである。
あなたは、本当の自分の役割とは全く違う夢を
一生懸命追い求めている可能性があるのだ。

人生が終わる頃、今まで追い求めてきた夢が、実はあなたにとって
とんでもない方向違いだったと気付いても遅いのである。
私が言いたいのは、どんな夢を持つよりも、
今やっている事に喜びがもてるようになりましょう、と言うことである。

自分を喜ばせるために夢を持っているのだから、
そんな先の架空のものに喜びを求めるのではなく、
今、目の前の事に喜びが持てることが大切なのである。

こう言うと、小さな夢、例えば、「もっとお給料が上がればいいな、
なんて思っちゃいけないのか」と思うかもしれないが、
別にそう思うのは良いのである。
しかし、そう思った瞬間スイッチを変えるのである。

給料を上げたい…「だから何をするのか」というように。
そのために何をするんだ、とスイッチを変えるのである。
もっと給料上げて欲しいなんて言いながら、ボーっとして
ろくすっぽ仕事もしないで空想だけしていては話にならないのである。

「欲しい」っていうこと自体は良いことなのだ。
「給料欲しい」って言ったら「それだけのことをやります」
という裏づけの部分が瞬間的にパッと出てこなければならないのである。

部屋が暗いから「電気がつけばいい」
なんて思っていて何もしなければ電気はつかないのである。
「電気がつけばいい」と思ったら
すぐスイッチのところに飛んで行ってスイッチをつける。

今喜べることは何なのか?
将来喜べることを今思ったって、実際はその時になってみなければ
本当に喜べるかどうかは分からないのである。


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夢を捨てろ!


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こんにちは、佐藤康行です。

本日は、「夢を捨てろ!」です。

 あなたは「夢を持ちましょう」ということを、当たり前のことのように、
良いこととして捉えているのではないだろうか?
しかし、私はあえて「夢を捨てなさい」と言いたい。
 それは一体どういうことか?

普通、夢を持つと言うのは、「あの人みたいになりたい」
「ああなったら幸せになれるのに」「金持ちになったら…」
「欲しいものが手に入ったら…」といった欲望からくるものが一般的である。
しかし、ああなりたい、こうなりたいという欲望の夢は一旦捨てなければならない。

社長にあきらかに向いていない人が「社長になったら幸せになれるんだ」
という夢をもち、いつまでもなれないで自信を失い、自らを蔑んでしまったり、
あるいは社長になったはいいが、体に無理が生じて病気になったり、
家庭を蔑ろにして一家離散になっては、本末転倒である。

本来の役割でないことを望んで頑張った結果、
その夢が自分を苦しめることになる可能性があるのだ。

しかし、現実にはこのように、西洋から入ってきた成功哲学の教えのような、
この欲望、願望から来る夢を追い求めて努力してきた結果、
苦しんでいる人が今大変に増えてきているのが現状である。

ここで大切なのは、「自分は何のためにこの世に生まれ、どういう役割があり、
そしてこれからの人生で何をやって生き切って行けばよいのか」という、
『本当の自分』を知ることなのである。

しかし、欲望・願望からくる夢に固執している限り、
『本当の自分』は見えなくなってしまうのである。
それは、人との比較でしかないのである。

そうではなく、自らの役割を自覚し、これになったら自分の力を最大限に
発揮できる、というものを探す事が大切なのである。
そしてその本当の自分の役割の中で最大の力を出すことだ。

脇役が主役になろうとしたら、それは大根役者としてしか通用しない。
脇役が脇役を自覚してそれに徹した時、その役者は主役となるのだ。

つまり分不相応な夢を持つことは、
自らの特性を殺してしまうことになってしまうのである。


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