佐藤康行~捨てる哲学

捨てる生活、捨てる技術!すべてを手に入れるなら「すべてを捨てなさい」この、捨てる発想、つまり、「捨てる哲学」こそ、これからの時代、21世紀にもっとも必要な発想なのである。

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『喜びのモチベーション』へのスイッチ


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こんにちは、佐藤康行です。

本日は、「『喜びのモチベーション』へのスイッチ」です。

『喜びのモチベーション』についてもう少し話しておく。
『喜び』といっても単に「嬉しいこと」をやるのと同一に見てはいけない。
自分の都合の良いことだけを選んで『喜んでいる』のは、良い所取り、
つまり、ご都合主義にしか過ぎない。

例えば、世間には好き嫌いの激しい人がいる。
そんな人に対して私は「嫌いな事を選んでやれるようになれば
あなたは偉くなるよ」とけしかけるようにしている。

この「嫌い」ということは過去の体験に縛られている。
つまり心が自由でなく、わがままな自分にしか過ぎない。
柔軟じゃない。そういう人が嫌いなものを一個一個克服することができれば、
モチベーションを変えることができ、安楽の道を歩いて行ける。

反対に好きな事だけをやっている、言い換えれば良い所取りだけをしていれば
大変な苦しい道を歩くことになる。
嫌いなもの、苦しい時点を克服することに喜びをもつと、
そのことによって魂は磨かれるんです。

包丁は砥石との摩擦で磨き上げられる。
それと同じでこの魂というのは摩擦によってしか磨かれることがない。
その摩擦を克服し、磨き上げる作業の裏側には、
それまでになかった新しい力が兼ね備わってくる。

ひとつ克服すれば一つの新しい力が、
そして二つ克服すれば二つの新しい力が備わってくる。
苦しまなければ力はつかない。
そして、苦しいという方を見るのでなくて、力のついているほうを見ると、
そこには喜びが沸く。

だから苦しみの裏にこそ力がつくともいえるのだ。
つまり喜びと苦しみは同時にやってくるのだ。
腕立て伏せだって、「苦しい」と言う時に、もう一回やれば一回分の、
二回やれば二回分の力がつく。そこに力がつく喜びがある。

しかし、無理やりに喜んでも仕方がない。
無理やりに思うとする事ではないのだ。
それは自分にウソをつくことになる。

しかし、克服することが喜びを生む、という事実を知れば誰でも心から喜べる。
つまり深いところで喜びの存在を知れば自然と本当に喜べる。
事実・真実を知ったら喜べるのである。
考えが浅いから喜べないだけなのである。事実は深さなのである。

例えば今、仕事を普段の三倍仕上げようと考えたとする。
それで喜べるかどうか?
ある人は頭を抱えてしまうだろうし、ある人は逃げ出そうとする。

ところが、「これをやり遂げ、克服したら、自分の実力が更に発揮でき、
将来すばらしい人間になる」ということを知ったら必死になってやるだろう。
そしてその中で喜びを見いだすことができるのだ。
問題はモチベーションの持って行き方なのだ。

深さを知るスイッチを入れるのだ。
苦しいことをやらされていると思って嫌々やっているのは、
考えが非常に浅いのである。

世間ではよく、親に叱られた、上司に叱られたと言って腹立てたり、文句を
言っている。しかし今、叱られても将来必ず役に立つ、ということを知れば、
叱ってくれていることを、ありがたいって喜べるのである。

叱られて文句を言っているというのは考えが浅いのだ。
浅い考えを捨てることである。




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